「在家仏教こころの会」は、久保角太郎が小谷喜美夫妻と共に世に出した霊友会を前身とし、その教えを、今日、そして将来に向けて正しく実行してゆくための会です。

祖師

         
久保角太郎 霊友会創立者 初代理事長 久保角太郎
経歴
小谷喜美 霊友会創立者 初代会長 小谷喜美
経歴
         

日本仏教の流れと在家仏教こころの会

       
推古 14年 (606) 聖徳太子、『法華経』『勝鬘経』『維摩経』の注釈書、『三経義疏』を著す。
天平 13年 (741) 聖武天皇、「国分寺建立の詔」発令。
天平勝宝 4年 (752) 東大寺大仏完成。
延暦 25年 (806) 最澄、日本の天台宗を開宗。
弘仁 7年 (816) 空海、高野山に真言宗道場を開く。
承安 5年 (1175) 法然、専修念仏を説き、浄土宗を開宗。
建仁 2年 (1202) 宋で臨済禅を学び、京都建仁寺を拠点に臨済宗を開宗。
貞応 2年 (1223) 道元、南宋に渡り、曹洞禅を学ぶ。
建長 5年 (1253) 日蓮、清澄寺で日の出に向かい「南無妙法蓮華経」と題目を唱え、立教、開宗を決意。
天文 18年 (1549) フランシスコ・ザビエルが鹿児島に上陸。
キリスト教を伝える。
天正 15年 (1587) 豊臣秀吉、バテレン追放令を発令。
慶長 18年 (1613) 禁教令(キリスト教禁止令)を発令。
慶応 3年 (1867) 徳川慶喜、明治天皇に政権返上を申し出る。(大政奉還)
明治 1年 (1868) 神仏分離令。
  3年 (1870) 「大教宣布」。神道を国教とする。
廃藩置県。
  4年 (1871) 解放令発布。
  5年 (1872) 学制発布。(国民皆教育の実施)
  18年 (1885)

松鷹安吉、千葉県に生まれる。(のち小谷安吉)

  22年 (1889) 大日本帝国憲法発布。
  25年 (1892) 松鷹角太郎、千葉県に生まれる。(のち久保角太郎)
  27年 (1894) 日清戦争。
  34年 (1901) 飯田キミ、神奈川県に生まれる。(のち小谷喜美)
  37年 (1904) 日露戦争。
  43年 (1910) 西田利蔵、有縁無縁の死者供養の活動を開始。
大正 3年 (1914) 第一次世界大戦勃発。
  9年 (1920) 松鷹角太郎、西田利蔵の教えにふれる。
  10年 (1921) 大本教弾圧。
  11年 (1922) 松鷹角太郎、久保志んと養子縁組。
全国水平社結成。
日本共産党結党。
  12年 (1923) 関東大震災。
久保角太郎、『一部経』(法華経三部経)を入手。
  13年 (1924) 久保角太郎、「一部経一冊あれば他に何もいらない」の心境に至る。
  14年 (1925) 小谷安吉、飯田キミと結婚。
  15年 (1926) 小谷安吉・キミ、久保角太郎の法華経による先祖供養の実践に入る。
昭和 3年 (1928) 『南無妙法蓮華経 朝夕の、おつとめ』(青経巻、昭和3年版)発行。
  4年 (1929) 小谷安吉、歿。(行年44歳)
  5年 (1930) 久保角太郎、父母双系の先祖供養仏教を興す。
霊友会総会発会式。
小谷喜美、名誉会長に就任。
  6年 (1931) 満州事変。
  7年 (1932) この頃、「総戒名」成立。
小谷喜美、社会福祉活動開始。
  8年 (1933) 『南無妙法蓮華経 朝夕の、おつとめ』(現青経巻)完成。
  12年 (1937) 日中戦争。
  16年 (1941) 太平洋戦争(第二次世界大戦)勃発。
  19年 (1944) 久保角太郎、歿。(行年52歳)
  20年 (1945) 原子爆弾(広島・長崎)。太平洋戦争終結。
  22年 (1947) 日本国憲法施行
  23年 (1948) 小谷喜美、身延七面山に「恩師御宝塔」建立。
  26年 (1951) 赤十字「白い羽根募金運動」に参加。
中央共同募金「赤い羽根募金運動」に参加。
  39年 (1964) 「名法学院(名法中学校・名法高等学校)」開校。
  46年 (1971) 小谷喜美、歿。(行年70歳)
久保継成、会主を誓願。久保継成第二代会主、会長に就任。
  47年 (1972) 男女雇用機会均等法施行
  62年 (1987) 『法華経菩薩思想の基礎』(久保継成・博士学位取得論文)刊。
平成 7年 (1995) 阪神・淡路大震災
地下鉄サリン事件
  8年 (1996) 「国際仏教学大学院大学」開学。
  16年 (2004) 「在家仏教こころの会」に改称、発足。
発会式。
「在家仏教こころの研究所」開設。
  18年 (2006) 「会員代表会」発足。
  23年 (2011) 東日本大震災。
  25年 (2013) 「こころ館」オープン。

 


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